大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)1156号 判決

上告人

高橋ツルカ

右訴訟代理人

大塚重親

外一名

被上告人

的場光義

右訴訟代理人

竹原五郎三

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人岡部博の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係によれば、

(一)  訴外平屋芳春は、本件建物を所有していたが、昭和三二年春ごろ、かねて懇意の訴外板林照夫から一二五万円を、利息の定めなく、弁済期二か月後と定めて借り受けたところ、期限に返済できなかつたので、同年五月ごろ期限の猶予を求めるとともに、右債権担保の趣旨で、本件建物につき、売買価額及び予約完結期間を定めず売買の予約をし、板林は、同年一〇月七日これを原因として所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。右仮登記経由当時の被担保債権の残元金は一〇五万円であつた。

(二)  その後、被上告人は、平尾に対し昭和四二年一二月中に一〇〇万円を貸与し、その担保として本件建物に元本極度額二〇〇万円の根抵当権を設定し、同月一九日その旨登記を経由し、更に、昭和四三年一月から三月にかけて一〇〇万円を貸与し、その担保として本件建物に元本極度額二〇〇万円の根抵当権を設定し、昭和四三年三月六日その旨登記を経由した。

(三)  上告人は、昭和四三年一〇月一五日ごろ板林に対し平尾の前記一〇五万円の債務のうち四〇万円を代位弁済したうえ、板林から前記売買予約上の権利を譲り受け(代位弁済された以外の被担保債権は譲り受けなかつた。)、同月二五日その旨所有権移転請求権移転の付記登記を経由し、間もなく平尾に対し売買予約を完結する旨の意思表示をした。その当時、上告人は、平尾に対し、右四〇万円の立替金債権のほか、同人の訴外西朝松よりの借受金八〇万円の元利金を支払つたことによる求償金債権など合計三〇〇万円を下らない債権を有していた。右予約完結当時における本件建物の価額は二三三万〇八七四円であり、訴外平尾には本件建物以外にみるべき資産はなく、また、支払能力もなかつた。

というのである。

上告人の本訴請求は、上告人が右売買予約完結の意思表示によつて本件建物の所有権を取得したことに基づき、右建物の仮登記の本登記手続を得るにつき、右仮登記に劣後する前記各登記を有し、登記上の利害関係人である被上告人に対して不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項の承諾を求めるものであるところ、原審は、右事実に基づき、平尾を板林との間に締結された本件建物の売買予約は、債権担保を目的とするものであり、債務の弁済がなかつた場合に本件建物の所有権を取得するのと同時に、その事実審口頭弁論終結時における評価額から債権者が優先弁済を受けるべき自己の債権額を控除した残額を清算金として債務者に支払うことを要する趣旨の債権担保契約と解すべきであり、上告人は、右予約を完結して担保の目的を実現することができるが、そのためには右仮登記に基づく本登記を経由する必要があり、その前提として登記上利害関係を有する後順位担保権者である被上告人の承諾を得なければならないが、上告人は、被上告人に対し、清算金として、本件建物の原審最終口頭弁論期日における評価額二三三万〇八七四円から、仮登記より先順位の根抵当権者である訴外熊林に交付すべき極度額五〇万円及び上告人自身が優先弁済を受けることができる求償金債権四〇万円とこれに対する弁経期の翌日の昭和四三年一〇月一六日から原審最終口頭弁論期日である昭和四五年七月一三日までの年五分の損害金三万四八四九円、以上合計九三万四八四九円を控除した残金一三九万六〇二五円を支払う義務があり、被上告人は右清算金の支払を受けるのと引換にのみ平尾が上告人に対し仮登記の本登記手続をすることを承諾する義務があるものというべきであり、上告人の平尾に対する前記求償権以外の債権は、本件建物によつては担保されないのであるから、被上告人に優先して弁済を受けることはできないとして、上告人の平尾に対する求償金債権以外の債権による本件建物の代金債務のと相殺の主張を排斥している。

ところで、債権者が、金銭債権の満足を確保するために、債務者との間にその所有の不動産につき、代物弁済の予約、停止条件付代物弁済契約又は売買予約により、債務の履行があつたときは債権者において右不動産の所有権を取得して自己の債権の満足をはかることができる旨を約し、かつ、停止条件付所有権移転又は所有権移転請求権保全の仮登記をしたときは、その権利(いわゆる仮登記担保権)の内容は、当事者が別段の意思を表示し、かつ、それが諸般の事情に照らして合理的と認められる特別の場合を除いては、債務者に履行遅滞があつた場合に権利者が予約完結の意思を表示し、又は停止条件が成就したときは、権利者において目的不動産を処分する権能を取得し、これに基づいて、当該不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめること(特段の事情のないかぎり、この方法が原則的な形態であると解される。)又は相当の価格で第三者に売却等をすることによつて、これを換価処分し、その評価額又は売却代金等から自己の債権の債権の弁済を得ることにあり、右評価額又は売却代金等の額が権利者の債権額を超えるときは、権利者は、右超過額を清算金として債務者に交付すべきものであるところ、いわゆる仮登記担保権者がかような清算金の支払義務を負うのは、債務者又は仮登記後に目的不動産の所有権を取得してその登記を経由した第三者に対してのみであつて、仮登記後に目的不動産を差し押えた債権者や、これにつき抵当権の設定を受けた第三者等は、仮登記担保権者と直接の清算上の権利義務の関係に立つものではない(最高裁昭和四六年(オ)第五〇三号同四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁参照)。

更に、仮登記担保権者が仮登記担保権によつて担保されない別個の債権をもつて債務者の清算金債権と相殺することができるかどうかを考えてみると、不動産につき金銭債権担保の目的で締結されるいわゆる仮登記担保契約は、債務者に債務不履行があつた場合に、債権者において目的不動産を換価処分し、その換価金から被担保債権の弁済にあてる権能を債権者に与える契約であるから、債権者が右換価金から弁済にあてることができるのは、右の被担保債権についてだけであつて、それ以外の債権の弁済にあてる権能を債権者が当然に有するわけのものではない。それ故、債権者は、仮登記担保権に基づいて不動産を換価処分した場合、その換価金額が被担保債権額を超えるときは、その差額を債務者に返還すべきものであり、このようにして返還されるべきいわゆる清算金は、当該不動産につき仮登記担保権者に劣後する後順位担保権者や差押債権者があるときは、これらの権利者において、右不動産の有する金銭的価値のうち、仮登記担保権者によつて先取された残余価値部分が実現したものとして、その優先順位に従つて各自の債権の満足にあてうべき対象をなすものである(もつとも、これらの権利者が現実に自己の債権の満足にあてるためには、右の清算金がなお特定性を失わない間にこれを差し押える等しかるべき手続をとらなければならないことは、もちろんである。)。仮登記担保権者が債務者に返還すべき清算金が右のような性質のものであるとすれば、右担保権者は、当該債務者に対して被担保債権以外に別の金銭債権を有する場合でも、前述のように清算金から右債権の弁済を得ることができないのはもちろん、その債権をもつて自己の負担する清算金支払債務と対当額において相殺し、清算金から直接右債権の弁済にあてると同様の効果を生ぜしめることも許されないと解するのが、相当である。けだし、もしそう解さないと、仮登記担保権者は、本来前記後順位担保権者や差押債権者らとの関係ではこれに優先して弁済を得ることのできないはずの被担保債権以外の債権についてこのような弁済を得られると同様の結果となり、これらの権利者の利益を不当に侵害することとなるからである。

本件において原審の確定した事実によれば、板林は平尾に対し本件売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由した当時一〇五万円及びこれに対する弁済期の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の被担保債権を有していたところ、上告人はそのうち四〇万円を代位弁済して板林から売買予約上の権利の譲渡を受けたというのであるから、上告人は、平尾に対して有する債権につき前記板林の被担保債権額の範囲内において本件建物につき仮登記担保権を取得するが、その余の債権は本件仮登記担保権の被担保債権には属しないのであるから、これをもつて自己の平尾に対して負担する清算金支払債務と対当額で相殺することは、後順位根抵当権者である被上告人との関係においては、許されないものといわなければならない。

そうすると、これと異なる見解のもとに、上告人に被上告人自身に対する清算金の支払義務を認めた原審の判断は、法令の解釈適用を誤つた違法があり、また、上告人の相殺の主張を排斥した原審の判断は、前記被担保債権額を超える部分については正当であるが、その範囲内の部分については法令の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであつて、論旨は理由がある。

よつて、原判決を破棄し、相殺の意思表示の有無、その効果等について審理を尽させるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(坂本吉勝 関根小郷 天野武一 江里口清雄 高辻正己)

上告代理人岡部博の上告理由

原判決には理由そごの違法があり、不動産登記法の解釈を誤つた違法がある。

一、原判決は、昭和三二年五月一日訴外平尾芳春と同板林照夫との間に締結され、旭川地方法務局昭和三二年一〇月七日受付第一二三一三号所有権移転請求権保全仮登記(以下本件仮登記という)を経由した左記建物(以下本件建物という)の売買予約は、訴外板林の同平尾に対する債権担保を目的とするものであつて、債務の弁済がなかつた場合に本件建物の所有権を取得するのと同時にその事実審口頭弁論終結時における評価額から債権者が優先弁済をうけるべき債権額を控除した残額を清算金として債務者に支払うことを要するいわゆる帰属清算型の売買予約であると認定している。

旭川市二条通六丁目一〇四番地

家屋番号 同所八番

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建工場兼居宅

床面積 一階 一二二、三一平方メートル

二階 一〇四、一三平方メートル

二、上告人は昭和四三年一〇月一五日訴外板林から本件建物の売買予約上の権利の譲渡をうけ、同月二五日本件仮登記について移転の付記登記を経由したものであるが、本件売買予約が前記原審認定のような実質であるとすると、訴外板林が本件建物につきその債権額について優先弁済をうけうる担保権と同視すべき権利(以下準担保権と略称する)の譲渡をうけたものである。

三、ところが原判決は、上告人が本件建物について優先弁済をうけうる債権額は、訴外板林から準担保権の譲渡をうけるために支払つた金四〇万円とこれに対する支払日の翌日である昭和四三年一〇月一六日から原審最終口頭弁論期日である昭和四五年七月一三日までの年五分の割合による損害金三万四八四九円とであるというのでありその理由とするところは、上告人の訴外平尾に対するその余の債権は訴外板林から譲り受けたものでなく、もともと無担保であり、かつ、上告人が本件仮登記につき移転の付記登記をうけたのが、本件建物について、仮登記に基づく本登記手続を経由するために登記上利害関係を有する第三者(いわゆる後順位債権者)である被上告人が、訴外平尾から二個の根抵当権の設定をうけた昭和四二年一二月一九日および昭和四三年三月六日のいづれよりものちであるから無担保債権が準担保権によつて被上告人に優先して弁済をうけ得ないというのである。

四、原判決は、上告人が訴外板林から本件売買予約の権利(その実質は準担保権)の譲渡をうけ、その移転の付記登記を経由したことについて適法有効であることを認めている。

そして右準担保権の内容は訴外板林が訴外平尾に対して有する債権額(甲第三号証の金一〇五万円と法定利率による損害金)の優先弁済をうける権利であるとしているのに、その権利の譲受人である上告人が本件建物から優先弁済をうけうるのは第三項記載の金額のみであるというのであるから原判決は理由にそごがある。

また、本件仮登記の移転の付記登記が被上告人がうけた根抵当権設定登記の日よりおくれていることは上告人の優先弁済につき何ら影響がない。付記登記の順位は主登記の順位によることは不動産登記法に明定するところで原判決は同法の解釈を誤つている。

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